バイトルドットコムで探す

お金に困った時は、アルバイトをして収入を増やすことが最も健全で適した方法ですよね。学生なので勉強をする事が一番なのかもしれませんが、将来を考えて、アルバイトで社会勉強しておくことも大切な事です。

バイトルドットコム

 

居酒屋・カラオケ・コンビニ・家庭教師なんかが人気のバイト先となっていますね。居酒屋は賄が付いている所も多いので、一人暮らしの学生さんにもお勧めです。

 

家庭教師は、時給が高いのがポイントです。また、教える事によって自身のスキルアップにもつながりますね。将来学校の先生になりたい、って思っている方に持ってこいのアルバイトです。

 

他にも、日払いのアルバイトや、夏休みだけの短期など、学生向けのバイトがたくさんあるので、金銭的に厳しいな…って時は色々と探してみるといいですよ。

 

バイト情報サイトの「バイトルドットコム」だと、バイト情報を豊富に取り扱っているので、希望のバイト先が見つかると思いますよ(^^)/

 

 

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私のアルバイト経験談

フード業界で社会勉強しました。

 

実家には、学業に専念するという家訓があったので、高校生の頃も、飲食店やガソリンスタンド、家業の手伝いで報酬を得ている人たちの話を耳にすると、羨ましいと感じていました。

 

どんなに頭の固い親でも許してくれそうな郵便局の年賀状バイトを友人から誘われましたが、当方の親は許しませんでした。
遠方の学校に進学することで「合法的な家出」をし、寮生活を始めてサークル活動と同時に開始したのがラーメン店のアルバイトです。

 

歴代の寮生から受け継がれているというお店で、卒業した先輩の穴埋めにと、週2日入ることになりました。

 

実家で台所の手伝いはしていましたが、注文を取る、大きな丼を運ぶ、混み合う時間に大量のコップを洗うなど未経験だったので、始めの頃は疲れて帰宅しましたが、要領を得てくるとスムーズに動けるようになり、初めてのお給料を戴くと、労働者という自信が少し出てきました。

 

キッチンに流した注文が、あと何分くらいで出来上がるかが最初は分からず、ホールとキッチンをキョロキョロと見ていましたが、マネージャーさんに「そのうち音で分かるようになるよ」と言われました。

 

数ヶ月経って、たしかに中華鍋をカンカンと打つ音や、油と水が跳ねる音が区別できるようになり、キッチンを振り返らなくても『あ、そろそろレンゲとライスの準備をしよう』と動けるようになりました。

 

そして楽しみだったのは「賄い食」です。
空いている時間を見計らって、「今日は何が食べたい?」とキッチンの方から声が掛かります。

 

キッチンの手間を考えて、その時のホールの注文から見つくろうことが多いのですが、焼きそばなど好きなメニューが伝票に出ていると「今日はラッキーだわ」と喜んでいました。

 

最初に経験したそのお店の教えのお陰で、その後経験したアルバイト先では、「対応が良い」とお客様からお褒めの言葉をいただいたり、会計がスムーズと言われました。

 

自分の子供がアルバイトをしたいという年齢になったら、是非勧めたいと思います。


 

マクドナルドの資材搬入のバイト

 

学生時代(予備校・大学)に、主に警備などの仕事をしていたが、自分はロックバンドをやっていて、そのバンドの運営資金のため、もう少し稼がねば、と思って始めたのが駅前のマック(マクドナルド)の仕事。

 

気軽に応募したら、おう助かるわ、すぐ来てよ!と正社員のマネージャーさんに肩を叩かれて明るく言われ、数日後から入ることに。しかし男子ということもありカウンターではなく、「搬入」の仕事。

 

駅前の店舗には資材:大量のハンバーガーの包装材やカップ、冷凍のポテト、ミートパテ等を貯蔵するスペースがなく、その店は少し離れた所のマンションの1階に部屋を借りていて、そこがクルー(マックのスタッフ)の休憩・更衣場所兼資材置き場になっていた。

 

駅前の店とその部屋を「リヤカー」を引いてマックの資材を運ぶ仕事を言いつけられたのだった。制服こそ着ているけれど、お世辞にも綺麗とはいえないリヤカーを引いて、賑やかな商店街をエッチラオッチラ運ぶのは正直恥ずかしかった。

 

自分がマックの客であった時にはそんな裏方さんの姿を見たこともなければ、想像したこともなかったので、後悔したわけではないが、ずいぶんきつい所に来ちまったなあーと思った。

 

マネージャーさんから渡されるインベントリーリスト(必要な物が何で、いくつ持って来るというチェックリスト)を見て、倉庫から取り出し、リヤカーで運ぶという仕事だが、実はその店舗は坂の前にあったため、職員出入り・資材搬入口にリヤカーを付けるのはかなり体力が必要で、かつ通行人にぶつかったりしてはいけないため、物凄く気を使った。当然だが何があっても転倒させて地面にぶちまけてはならない。

 

引越のバイト以上にキツイと感じたものだった。資材のある部屋はマッククルーの休憩スペースでもあり、そこにはホワイトボードがあり、バイト同士で励まし合うメッセージが書かれていて、高校生が多かったので、一種のサークルっぽい雰囲気を醸し出していた。

 

しかし自分はもっと年上で新入りだったばかりか、店頭の販売や、ミートパテを焼くわけではないので、溶け込めず、少し会話を交わした程度で、明らかに「バイト職業格差」を感じたものだった。

 

そうこうしているうちにクリスマスになった。バンドのボーカルの女の子に、僕は惚れていたのだが、クリスマスイブの夜に勇気を出して食事に誘ったが、都合が悪いとのことで断られてしまった。

 

仕方がないので、バンド資金もキツイこともあり、この夜はマックのバイトにシフトで入った。通行人の顔が心なしかみな楽しそうに見える華やいだ商店街の中をいつものようにリヤカーを引き、一番危険な坂の下りを、下から満身の力を込めて支えながらズルズルと徐行で店の脇に付ける。

 

その時、視界に女の子〜うちのバンドのボーカルが歩いているのを見た。別のパンクバンドのドラムの奴と一緒に。僕はリヤカーの下にいながら、重さを一瞬忘れた。

 

彼女もこっちに気が付いたようで、何とも言えない表情で立ち去った。最近あの駅前店は閉店になってしまったが、どこぞでリヤカーを見ると、ふとあの夜を思い出す。


 

短大時代に励んだデパ地下でのアルバイト!

 

短大生だった頃の空いている時間を活用して短大から自宅までに帰る途中に寄れるデパ地下のハム屋さんでアルバイトをしていました。
大手メーカーのハム屋さんで豊富な種類のスライスハムや焼き豚等を扱うお店でグラム単位での販売でもありました。

 

きっかけはアルバイト情報誌を定期的に読んでいた時にたまたま発見し応募させていただいたらすぐに面接になって即雇ってもらえたので始めた感じです。時給は当時平均的な価格で約800円くらいだったと記憶しています。

 

休日には丸1日8時間程通しで働く日もありましたが基本的には平日は2,3日に1度の割合で約3,4時間のみ働いていました。長期休暇の時にはがっつり目に入れてもらってお小遣いの蓄えをしたりもしていました。

 

店員さんには私のような学生アルバイトの他にフリーターさんが数人、正社員の方が1人、店長さんが1人という感じの構成店でしたが比較的仲もよくて対人関係面では悩まなくて済んだので本当に感謝感謝のお店でもあったのです。

 

定期的にデパートであるためにデパートの正社員女性の方が爪や手のチェックを厳しく行われていてその日だけはかなり緊張したりもしたのですが全体的にはすごく安心できるお店であったので働きやすかったな〜と今でも感じます。

 

ハムのはかり売りや結構慣れるまで難しくて高級品も扱っているので味や食感、香りなどの意見なども求められるので少量食べては勉強もするようにしたりして工夫をして答えたりもしていました。

 

お客様によってはいろいろな種類を1枚ずつ欲しいというようなこだわりのお客様たちもいたりするのできれいに手早くそして品のある販売を心がけていたものです。

 

主婦になった今でも思い返すと良い職場で良いお仕事だったと思うので今度は主婦パートでも行きたいものなのです!


 

スーパーでほとんど社員化

 

かなりの田舎で学生生活を送っていました。
その時のバイトは「スーパーのレジ」と「家庭教師」。

 

「家庭教師」はなんせ田舎、予備校らしきものもないため「家庭教師」の需要は多かった。
きっかけは、大学の教授からの紹介。一日2時間で5,000円、食事付。お土産に「鹿肉」をもらったことも。

 

こんな、私でも高校生を教えていた。友人が英語、私が数学を教えていた。
メインでやっていたのは、近所の「スーパーのレジ」。週3日、時給800円。

 

一応、クリーニング屋、パン屋、酒屋が入っていた。人手が足りない時には、なぜかこれら、テナントのレジも手伝っていた。

 

授業の無い日は、開店から閉店まで。最後の金庫の施錠、お店の施錠までも。急な呼び出しは、日常茶飯事。
ただ、こちらも社員さんのいない時には、ちょっと自由にしてしまうこともあった。

 

勝手に店内に有線を流してしまったり、閉店時の「ホタルノヒカリ」のかわりに「軍艦マーチ」を流してしまったり…(スミマセン)。

 

海が比較的、近かったためお客さんに漁師さんも多く、
「今日は、バイト何時までだ?タコ好きか?終わったら家よってけ。」とお誘いを受けることも。

 

ただ、初対面なので、家なんかわかるわけがない。すると、クリーニング屋のおばちゃんが、
「あー、あの人。悪い人じゃないから大丈夫。大丈夫。」と言いながら、漁師さんの家の地図を手渡してくれる。

 

閉店後には隣接している、喫茶店(もどき)で宴会をすることがよくあった。
もちろん、当然のように参加。各店舗の店長の集まりの中になぜか、バイトの私。こんなこともしょっちゅうあった。

 

卒論の時期になり、バイトは大学3年の秋ごろに辞めた。
が、「今日、出られる?」といった電話は相変わらずきた。

 

そんな、思い出深いスーパーだったが、私の卒業1年後につぶれてしまった。
みんな、元気かな?


 

家庭教師型学習塾のアルバイト経験

 

学生時代のある夏休み、私は学習塾でアルバイトをしました。それはもともと私の友達が普段からアルバイトをしていた塾でした。夏休みということもあり夏期講習を受講する生徒が増えたため、その友達から夏休みの間臨時講師を頼まれたのがきっかけでした。

 

時給は1000円、希望者にはお昼のお弁当も出るということで、当時としてはかなりいい条件でした。
その塾は生徒と講師がマンツーマンで授業を行う家庭教師型の学習塾でした。

 

私は午前と午後一人ずつ中学生の生徒を受け持ちました。教科は英語と国語でした。生徒はやはり受験を意識して受講しているのでこちらもいい加減な教え方はできません。

 

当時は大学生でしたが中学校の勉強とはいえ忘れていることもありましたし、生徒からの質問にもきちんと答えられなければならないので、事前の予習は必須でした。

 

時給は1000円と高額でしたが、結局時給の発生しない時間に自分のための学習もしていましたから、そういう意味では他のアルバイトより大変だったと思います。

 

夏期講習を受けに来る生徒達は皆それなりに成績が良く、一度学校で習っているところを再度塾で復習し、より確実に身に付けていくという学習をしている感じでした。

 

そこからさらに入試に出やすいポイントを押さえる授業を行います。これは塾が持っている過去の入試問題や傾向がマニュアル化されていて、夏期講習用のテキストにもなっていました。

 

授業は主にテキストの問題を生徒が家でやってきて、それを答え合わせしながら解説していくという形でした。

 

生徒と講師がマンツーマンで授業ができるので、生徒は自分のわからないところや聞きたいところを遠慮なく質問できるという点が良いシステムだなと思いました。

 

教える側としても大勢の生徒の前で授業を行うよりも気楽にできますし、その生徒に合ったやり方で教えられるので学習効果も高かったと思います。